感覚的なお話し
今日は気づきがあった。
感覚的にだが、”相手のため”を思って行動すること、発言することがどういうことか、少しわかった気がする。
私は日本国民全員がビジネスしたらいいと思っている。
自分でビジネスできるということは、最強の資格であるし、究極の安定だと考えているからである。
自分でお金を稼げたら、本当にいろんなことができる。
会社員でたくさん稼いでいたとしても、どうしても時間にしばりが出てくるが、自分でビジネスすると、時間とお金の両方が手に入るから、やれることは無限大。
しかし、全員がやるべきと思っていても、それが本人のためになっているか、なっていないかは別。
誰でもかれでもに薦めるのは違う。
今日はそれにプラス、ただ単にお金が欲しい、時間が必要というだけで、やったらいいんじゃない?というのも違うんだと感じた。
ビジネスするとか、しないとか抜きに、”その人がどうしたいのか、何をしたいのか”を考えないといけない。
よく話を聞いて、それを叶えるためにはどうしたらいいかを、世の中全体の選択肢から考えるのが筋。
今までは少し安易にビジネスしたらいいよ、に結びつけていた。
そうじゃないんだね。
その人のやりたいこと、その人のためになることを、ただひたすらに考えればいいんだ。
例えその人のやりたいことが、時間とお金を必要としない場合でも、まずはそれでいい。それを叶えるためには...?
きっと今できる範囲でしかやりたいことが出てこない人もたくさんいる。
でも時間がもっとあったら?お金もあったら?
こんなこともできたら、もっと楽しくない?幸せじゃない?
って選択肢を広げてあげるのも大事。
そしてそれを叶えるためには?どうするのがこの人のためになる?を考える。
結果それを叶えるのが、ビジネスを始める、教わる、ということでなくてもいいんだと思った。
こういう方法と、こうんなやりかたと、こうするっていう手もあるね。とあれこれ考えうるなかから、相手にとって一番いいのはこうなんじゃない?って提案してあげればいいんだ。
その中から本人が、ビジネスするという選択肢を選んでくれたら、私は一番嬉しい、ってだけの話。